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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)7709号 判決

原告 内外徳田証券株式会社

右代表者代表取締役 内田実

右訴訟代理人弁護士 黒笹幾雄

同 小林庸男

被告 田崎久馬

被告 竹下昌信

主文

被告等は原告に対し連帯して一〇〇万円およびこれに対する昭和三七年一〇月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを一〇分しその九を原告の負担としその余を被告等の負担とする。

事実

(当事者の申立)

第一原告

「被告等は原告に対し連帯して、一、〇〇〇万円およびこれに対する昭和三七年一〇月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決および仮執行宣言。

第二被告等

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

(当事者の主張)

第一原告の請求原因

一  原告会社は有価証券の売買、媒介、取次または代理、有価証券市場における売買取引の委託の媒介、取次または代理、有価証券の引受、売出、募集または売出の取次等を目的とするいわゆる証券会社である。

二  訴外山添裕康は昭和二五年三月一日原告会社に入社し、昭和三三年一月一日渋谷営業所長となり、昭和三七年三月七日まで勤務していたものである。

三  右山添は昭和三六年六月八日から昭和三七年三月七日までの間に原告会社渋谷営業所長として顧客から預り保管中の現金および有価証券を費消横領して顧客に損害を与え、原告会社をして使用者責任にもとずいて右顧客の損害を賠償せしめる等次のような不法行為により原告会社に一、四六〇万六、四四五円の損害を与えた。

1 預り証関係

(1) 右山添が顧客から株券を現実に預り保管中これをみだりに売却した分

別表一連番号1記載のように右山添は昭和三六年七月三日訴外今城三吾から三井鉱山株式会社株式一、〇〇〇株にあたる株券を預り同日預り証を発行しながら事故発見日である昭和三七年三月七日までの間にこの株券を他に処分し右今城に受渡ができないため原告会社が同月九日これと同種同等同数量の株券を買付けて右今城に引渡した。原告会社は右買付のため、八万九、七〇〇円を支出した。

以下右と結果において同様のものとして別表一連番号2ないし10記載のとおり。

右小計一七〇万八、〇五〇円

(2) 顧客からの買注文にもかかわらず買付せずに保管していた金員、または顧客からの買注文により買付し、もしくは単なる保管依頼により預り証を発行して保管していた株券をみだりに費消または他に処分した分

別表一連番号11記載のように右山添は昭和三六年一二月一日訴外林一郎から株券の買注文を受け、同訴外人に対し株式会社小松製作所株式二、〇〇〇株相当株券預り証を発行しながら事故発見日である昭和三七年三月七日までの間に預り証記載の株券を買付しなかったかまたは買付けた株券を保管のため預りながら他に処分したかして、いずれにせよ右買注文の株券を右林に受渡できないため原告会社が同年三月二〇日これと同種同数量の株券を買付けて右林に引渡した。原告は右買付のため二二万五、四〇〇円を支出した。

以下右と結果において同様のものとして別表一連番号12ないし36、38ないし53、58、60、62、65、69記載のとおり右小計五九二万二、六〇三円

(3) 信用取引保証金の代用証券預り証を発行して預りながらみだりにその株券を売却した分

別表一連番号54記載のように右山添は昭和三六年七月一二日訴外守田金吾に対し信用取引保証金の代用証券として日本無線株式会社株式一、〇〇〇株相当株券を預った旨の預り証を発行しながら事故発見日である昭和三七年三月七日までの間にこれを他に処分し、右守田に受渡できないため原告会社が同月九日これと同種同数量の株券を買付けて右守田に引渡した。原告会社は右買付のため二〇万六、二〇〇円を支出した。

以下右と結果において同様のものとして別表一連番号55ないし57記載のとおり。

右小計五二万四、一五〇円

(4) 株式名義書換受付票を発行して株券を預りながらみだりにその株券を売却した分

別表一連番号59記載のように右山添は昭和三七年二月二七日訴外脇春子に対し昭和電工株式会社新株式一、〇〇〇株相当株券を預った旨の受付票を発行しながら、事故発見日である昭和三七年三月七日までの間に預った株券を他に処分して受渡ができないため原告会社は昭和三七年三月二〇日これと同種同教の株券を買付けて右脇に引渡した。原告会社は右買付のため七万六、五〇〇円を支出した。

以下結果において右と同様のものとして別表一連番号61、63、64、66ないし68、70記載のとおり

右小計七一万五、七五〇円

2 顧客の買注文によりその銘柄を買付けながら買付代金を費消し決済ができないため原告会社が受渡し決済をしたもの

別表一連番号71記載のように右山添が訴外池上正紀の買注文により昭和三七年二月二七日北海道炭鉱汽船株式会社株式一、〇〇〇株を買付けながら右池上から受取った買付代金を費消し決済できないため原告会社が同年三月一二日これを決済して右池上に引渡した。原告会社は右決済のため六万一、五〇〇円を支出した。

以下右と結果において同様のものとして別表一連番号72ないし80、82ないし91、94ないし97記載のとおり

右小計三六九万五、七七五円

3 右山添の思惑により原告会社が損害をうけた分

(1) 右山添が顧客名義を用いてした思惑買株券を売却処分して生じた差損分

別表一連番号99ないし101記載のように右山添は自己の思惑により原告の顧客訴外崎山一郎の信用取引口座をみだりに利用して昭和三七年二月二一日大成建設株式会社株式一、〇〇〇株を買い、同月二六日このうち五〇〇株を売り同様顧客訴外指田四郎の口座を利用して同月二七日右株式五〇〇株を売ったが同年三月七日事故を発見されいずれも代金未収のため原告会社で差引二万四、七三五円を支出して決済した。

(2) 右山添の思惑による株式信用取引の損金分

別表一連番号102記載のように右山添は自己の思惑により原告の顧客訴外林一郎の信用取引口座をみだりに利用して昭和三六年一一月一〇日山陽パルプ株式会社株式二、〇〇〇株を買い、昭和三七年二月七日これを売った売埋のため一万四、一五三円の損金を計上しながら、同年三月七日事故発見のためそのままになり原告会社で右損金を負担した。

以下右と結果において同様のものとして別表一連番号103ないし114記載のとおり

右小計二〇〇万九、三七九円

4 右山添は自由ヶ丘営業所長として原告から昭和三七年二月二六日六、〇〇〇円を一時借名義で詐取した。

四  以上、原告の損害に対し、右山添から昭和三七年三月一二日から同年八月三〇日までの間に賠償金の内金として合計一七六万六、八七一円の入金があったので原告会社はこれを同年三月一五日から同年八月三一日までの間に別表一連番号1ないし10の記載の各不法行為による損害賠償一七〇万八、〇五〇円および同11記載の不法行為による損害賠償の内入金五万八、八二一円に充当した。

五  被告両名は昭和三六年六月一日右山添が故意または過失により原告会社に損害を与えたときには連帯してこれを賠償する旨の身元保証をした。

六  かりに被告竹下が右日時に右の身元保証をしなかったとしても、同年一二月ごろ原告会社から同被告を右山添の保証人とした旨の通知を兼ねた挨拶状を受領し右被告の妻が同被告の名義を冒用して右山添の身元保証をした事実を知りながら原告会社に対して反対の意思を表明せず、またその後も原告会社に来社し右山添の不法行為による身元保証人としての責任について交渉した際、右身元保証に何らの異議を止めずに自己の身元保証上の責任を前提として話合ったのであるからそのころ右被告の妻の前記無権代理行為を追認したものである。

七  よって原告は被告両名に対し右山添の左記不法行為の損害賠償として一、〇〇〇万円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和三七年一〇月四日から年五分の割合による損害金を連帯して支払うべきことを求める。

別表一連番号11の残額一六万六、五七九円

同 12ないし36、38ないし66、68ないし80、82ないし90の

小計 九八六万〇、四五六円

同 91の内金 二万二、九六五円

第二被告田崎の答弁

一、請求原因事実第一、第二項は認める。

同第三、第四項は不知。

三、同第五項中被告田崎が原告主張の日時にその主張の身元保証をしたことは認める。

四、原告会社の右山添に対する監督には過失があり、被告田崎は右山添の義父としての義理からやむをえずして右身元保証をしたものであるから、被告田崎の責任およびその金額を定めるについて右の事情を斟酌すべきである。

第三被告竹下の答弁および抗弁

一  請求原因事実第一、第二項は認める。

二  同第三、第四項は不知。

三  同第五、第六項は否認する。右山添の身元保証書に被告竹下の記名押印があるが、これは右被告の妻が右被告の同意をえずになしたものである。

四  かりに被告竹下が何らかの理由で身元保証の責任を負うべきものとしても、原告会社の右山添に対する監督には過失があり、被告竹下と右山添とはもと右被告の妻が右山添の近所に居て親交があったという関係に過ぎないのであるから、被告竹下の責任およびその金額を定めるについて右の事情を斟酌すべきである。

第四被告等の抗弁に対する原告の認否

被告等主張の斟酌すべき事情の存在はいずれも争う。

(証拠関係)≪省略≫

理由

一  原告会社がその主張のいわゆる証券会社であること、訴外山添裕康が原告主張の日時に原告会社に入社し、渋谷営業所長となり、その主張の日時まで勤務していたことは当事者間に争いがない。

二  原告主張の右山添の不法行為について判断する。(原告は別表一連番号92ないし115記載の各不法行為をも主張しているが、右は本訴請求と関係がないから判断しない。)≪証拠省略≫によれば右山添は単独または部下と明示、黙示に意思を通じて昭和三六年六月八日から昭和三七年二月二六日までの間に別表一連番号1ないし36、38ないし58、60ないし66、68ないし70記載の原告主張の各行為をなし、よって同年三月九日までに原告会社に対し合計八七九万四、〇五六円の損害を与えたことが認められる。

証人山添裕康の証言中には別表一連番号4ないし8、10、12ないし16、26、29、30、33、35、43、44、51、53、55、56、59、62ないし66、68記載の各行為は右山添以外の原告会社渋谷営業所員の顧客に関する部分で覚えがない旨の供述があるが一方右証言中には、右の各覚えがない行為中、一部は部下の右営業所員訴外小泉義治が右山添と共謀してしたもの、他は小泉が単独でしたものであり、右山添は右小泉が単独で右のような不法行為をしていたことをその当時においても知っていた(明確な内容は知らない)旨の供述があり、この供述部分と前出各証拠とを綜合すれば、右営業所員が単独でした前記不法行為についても右山添は自己も同様な不法行為をしていた関係上これを黙認し、暗黙に意思を通じていたものと認定され、結局いずれにしても右山添は前記各行為を単独または部下と明示、黙示に意思を通じてなしたものというの外はなく、これらについて原告会社に対し不法行為責任を負うものというべきである。

三  しかし、原告はさらに右山添が別表一連番号59、71ないし91記載の各不法行為をしたと主張し証人田中正隆の証言中には右主張に副う供述があるけれども、右の各不法行為が昭和三七年二月二七日以後なされたことは原告の主張自体から明らかであり、≪証拠省略≫によれば右山添は同月二六日の夜自動車運転中業務上過失致傷事件をおこし、逮捕、勾留され右勾留中にその横領事件が原告会社に発覚し、前記二七日以後現実に前記職務をとっていなかったことが認められ、また右各不法行為について右山添が他の前記渋谷営業所員と共謀し、その共謀にもとずいて右所員が右二七日以後その実行行為をしたことを認めるにたりる証拠もない。右の各事実に照すと証人田中正隆の証言中の別表一連番号59、71ないし91記載の右山添の各不法行為についての供述部分は採用し難く他に原告の右主張を認めるにたりる証拠はない。

四  しかして、右山添は右の各不法行為による損害賠償の内金として原告主張のように合計一七六万六、八七一円を原告会社に入金し原告会社はこれを別表一連番号1ないし10記載の各不法行為による損害賠償一七〇万八、〇五〇円および同11記載の不法行為による損害賠償の内入金五万八、八二一円に充当したことは原告の自認するところであるから、原告は別表一連番号11記載の不法行為による損害の残額一六万六、五七九円同一連番号12ないし36、38ないし66、68ないし70記載の各不法行為による損害六八六万〇、六〇六円合計七〇二万七、一八五円の損害の賠償請求権を右山添に対して有するものというべきである。

五  被告田崎が昭和三六年六月一日原告会社に対しその主張のような右山添の身元保証をしたことは原告と被告田崎との間では争いがない。

六  被告竹下については、同被告が右六月一日原告主張のような右山添の身元保証をしたとの原告の主張は、これを認め得る証拠がない。すなわち右主張に副う記載のある甲第五号証の一中、被告竹下の署名押印部分は証人山添裕康、同竹下夕子の各証言、被告竹下昌信本人尋問の結果によれば右山添から身元信証の依頼を受けた被告竹下の妻である訴外竹下夕子が右被告の承諾を得ることなく身元保証書(甲第五号証の一)に右被告の名を冒書し、その名下に右被告の印鑑を押捺したものと認められるので、右書証を右原告主張事実の証拠となし得ず、他右事実を証するに足りる十分な証拠はないからである。

七  しかし証人松岡寛治の証言、被告竹下昌信本人尋問の結果によれば被告竹下昌信は昭和三六年暮ごろ原告会社から右被告が右山添の身元保証人となったことについての通知をかねた挨拶状を受取り右夕子に質ねた結果右夕子の前記無権代理行為を知ったがなんらの処置をとることなく放置し、さらに右山添の前記一連の不法行為の発覚後昭和三七年四月四日から少くとも一〇回以上原告会社に出向き右山添の身元保証人としての立場にたって右夕子の前記無権代理行為の主張をすることなく、右山添の不法行為による損害賠償について原告会社と交渉したことが認められる。被告竹下昌信本人尋問の結果中には原告会社に対し自己は右山添の身元保証をしたことはない旨を述べたことがある旨の供述があるが前掲各証拠と照すと被告竹下が原告会社に右事実を告げたのは原告会社と右交渉をある程度した後であると考えられ、右供述部分は前記認定に反するものではない。そうだとすれば被告竹下は当初原告会社に出向いて前記交渉をした頃前記無権代理行為を追認したものというべきであり、右山添の身元保証人としての責任を負うべきである。

八  そこで被告等の責任の範囲について判断する。

≪証拠省略≫によれば原告会社の各営業所に対する監督は原告会社第二営業部長が各営業所を巡回して営業状態を視察する外監査役一名女子職員一名が預り証の未回収なものを調査し各営業所に連絡する程度であって例えば抜打監査はもとより、定期的に営業所の諸帳簿、伝票類を検査し、顧客から受取った株券、現金の処置等を調査することすらしていなかったこと、諸帳簿、伝票類の作成処理、その他事務処理方式、監査制度等が不正行為発見に甚だしく不適合なものであったこと、右山添が相当長期間多数かつ多額の金員について不正行為を重ねていたのに、原告会社は右山添が前記業務上過失致傷事件により逮捕、勾留されている間に右営業所員から右山添が不正行為をしていることを知らされるまでそのことを知らなかったことが認められ、原告会社が諸帳簿、伝票類の作成、処理その他監査制度において適切であり(そして証券類を扱う原告会社ではそのことは容易な筈である)、かつ前記の検査等を充分にしていたならば右山添が不正行為をなすことは困難であり、かりにそれをしても早期に発見し得たと考えられ原告会社の監督上の過失は極めて大きいというべきである。

また≪証拠省略≫によれば被告田崎は右山添の妻の父親であり、その関係から右身元保証をなすに至ったものであることが認められ、≪証拠省略≫によれば被告竹下の妻と右山添とは、右山添が幼なかったころから非常に親しくしており、被告竹下の妻が右の関係から右身元保証書に前認定のような記載をしたものであることが認められ、被告竹下は前認定のように右無権代理行為を追認したものである。

以上認定の使用者たる原告会社の監督上の過失、被告等の右身元保証をするに至った事情、右山添の不法行為による損害額が莫大であることを斟酌し、被告等の賠償責任を相当大幅に減額すべきものと認め、結局その連帯して賠償義務ある金額は一〇〇万円をもって相当と判断する。

九  よって被告等は連帯して原告に対し一〇〇万円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが本件訴訟記録上明らから昭和三七年一〇月四日から年五分の割合の損害金を支払う義務があり原告の本訴請求は右の限度で正当であるのでこれを認容するがその余は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用し、仮執行の宣言はなお、当事者間の示談交渉を期待してこれを付さない。よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 畔上英治 裁判官 輪湖公寛 竹重誠夫)

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